こんにちわ誌

2009年5月号
「人工透析治療の変遷」 透析センター長 辻村玄弘

「人工透析治療の変遷」

私が医師免許をもらって35年、腎不全(腎臓が悪くなった状態)に対する人工透析治療は目を見張る変遷をしてきました。

 それまで腎臓が悪くなると尿毒症のために亡くなっていた腎不全の患者さんに対して、血液を体外に引き出し、尿毒素を洗い出して体内に返す、血液透析療法がわが国に導入され、四国でも昭和40年初めに始まったと聞いています。           

 そのころは、わずか数台の透析機械で、費用もばく大で、保険も利かず、自費診療だったため、極く限られた人が、お金の続く間のみ出来た治療だったとの事です。

 透析患者の皆さんや、透析医療に携わる先人の努力により、昭和42年に保険適用を勝ち取り、透析費用が健康保険で支払われるようになり、人工透析の治療が急速に普及しました。普及したとは言え、私が透析に携わり始めた昭和50年ころでも、透析機械は四国各県に数十台づつしかなく、その枠は広がったのみで、まだ限られた治療でした。

 昭和42年全国の透析患者数が215人、透析機械105台に比べて、昨年12月の全国調査では透析患者数が275,119人、透析機械台数108,570台とおよそ千倍に膨らんでいます。いまや日本人の460人に一人が透析を受けていることなり、この愛媛県でも3267人が透析を受け、440人に一人とほぼ全国平均の割合の人たちが透析を受けていることとなります。

 神様の作った腎臓は1日24時間、365日休み無く働いてくれますが、それより性能の極めて劣る人間が考えた人工腎臓で週3日、1日4時間~5時間でその代わりをしようとするのですから、透析患者さんは、やれ塩分制限!やれ水分制限!果物、生野菜派ダメ!などといろんな制限を強いられ、厳しい自己管理を要求される治療法であることは今日でも大きな変わりはありません。

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